お酒と下痢
いつから、お酒を呑んだ時にゲーリーにならなくなったのだろうか?
正直記憶には無い。けど、今の会社に就職した時にはならなくなったと
思う。それまでに勤務した会社時代は、毎日呑んでいた。そして、見事に
ゲーリー。
健康診断で検便を提出する際に、お酒をわざわざ呑まないで
調整した記憶もある。
そうそう、それと両親が大腸癌だったので自分もなるだろうな?癌でなくても
ポリープはあるんだろうなぁ〜と
思っていた。
昨日手術
右足の痛み
痛いな。でもどこの病院に行けばいい
のだろうか?
基本的に血管外科か外科でしょ?
大きな病院だと最近では紹介状がないと
無理。ということで、近所の整形外科
へ。
ちがうだろう!?と思ったけど、そこしか思い浮かばない。
近所の整形で超音波で確認。。。
「血管腫だな」
ん、はるか昔に治療してもらったのは「静脈瘤」だと思っていたけど
実は「血管腫」だったんだね。治療してもらった頃、20代後半。
初診で行って、採血して二回目に行った時は外来で手術をしていた。
この歳になるとちがうけど、あの頃はドクターにあれこれ聞くこともなく
治療を受けていた。
それと手術後一週間で抜糸したら傷口が開いた!と言ったら、
「抜糸が早すぎる」と。
今の時点でそう言われてもね〜。
困ってしまう´д` ;。
が、過去の治療がうまくいかなかった
のだけは確かなようだ。
以前の傷跡が8センチ位腫れている。
行った形成外科では対応できない、
ということで別な病院を紹介して
もらうことになった。
近くの病院がいいけど。。と思って
た。紹介されたのは慈恵医大。
懐かしい。扁桃腺を取ったのが、
慈恵医大。何年振りで行くんだろうか?
血管腫だったんだね。
はるか昔に虎ノ門にある病院で、足の静脈瘤の手術をした。
と、思っていたけ。今考えると血管腫の切除だったんだと思う。
「悪いものはありませんでしたから」とドクターが言ってたからね。
その傷跡が痛い。手術をして1週間後に抜糸をしたんだが、直後に
傷口が開いてしまった。直後に傷口を縫って終了。それから約25年経過
したんじゃないかな。
昨年、会社の健康診断でひっかかって胃カメラと大腸の内視鏡検査を
した。その流れで今年はポリープ切除のために一泊だけだが入院。
左目は飛蚊症。
う〜ん、今年で51歳。いろいろ身体に問題がでてきてもおかしくない。
自分でも、しょうがないね!と思うようにしている。
そんな中で、右足の傷の痛みに気がついた。
最初、梅雨だからな!雨だからな!なんて勝手に思い込んでいたけど
そう思った直後、「ん!梅雨じゃないね!雨でもない!ならば
なぜに痛い?」と。
2月9日-1
9−10日と一泊入院で大腸ポリープを切除。
昨年9月の健康診断でひっかかって検査し、結局入院して一つを
切除することになった。
昨年11月29日、雨の土曜日に用賀のクリニックで検査。
いくつか切除したが、ひとつは大きいので入院して切除することを
勧められた。それで、 入院した病院を1月5日に初診。初診時に
入院日決定。なんだかトントン拍子。
勧められた病院は遥か昔に耳鼻科で受診した。ちょっと、自宅から
行きにくい場所。用賀からバスで行った。初診の時と同じように9時5分
用賀駅発のバス。入院の書類をみると10時までに入院して下さいと
いうのと10時半までに、と2種類あった。で、私は9時半に行った。
我ながら少々ひねくれ者だね。二子玉川で乗り換える際に、本屋で
何か買っていこうか?とぐるりと店内を散策。ピンクフロイドの特集号を
購入し、用賀へ。あまりにも早く着きすぎるよな〜と思ったので、バスを
途中で下車。歩いて病院へ。
それでも、到着したのは9時半。「少し早いんですけど〜」と窓口に声を
掛けたら、「大丈夫ですよ!」と気持ちの良い返事。手続が完了したら
6階へ行って下さいと。エレベーターの場所を聞いて、6階へ移動。
NSに行って「今日入院の⚫️❌ですけど。。」と。「はいはい!」と
看護師の方が中から出てきて身長と体重を計った。その後、病室へ。
たとえ一泊の予定であっても、どんなな方と同室になるのかは大事。
ほとんどカーテンが閉められて個室状態になっていた。こうだったら、
こっちも気分が楽ってもんだ。誰とも言葉を交わすこともなく病室に
入り着替えを済ませた。
少し経ったら担当の看護師さん登場。事前に渡された書類を提出。
血圧を測ったり諸々。ムーベンが薬剤部から上がってくると思うので
すぐ持ってきますと。なんだもうそんなに早くから飲むのかぁ〜と
少し焦ったが、結果で考えると腸管洗浄に時間はかかるんだな。
外来で飲んだ時は30分で1.5リットル飲んだけど、今回は2時間以上
かけて2リットル飲めば良い。なんだか気持ちが楽になった。
10時45分少し前から飲み始めた。